深海のアルバム目次 深海の空模様 22年クマロク 21年クマロク 鶴の北帰行 20年クマロク 深海の祭り 深海音頭 昭和35年中学卒業生同窓会 深海中閉校式
クマロクへの投稿写真
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コチョウラン
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花の終わったものを育てていたら1輪ですが花が開きました。(1年4ヶ月後)
ホウセンカ
コメント
お隣の庭にホウセンカが咲いています。昔は、どこの家庭にもあった夏の花です。
こちらでは「トミシャゴ」と言っていました。
女の子は、その赤い花を取って指で潰し、その汁で自分の爪を赤く染めていました。翌日、学校でそれぞれ自分の爪を見せて自慢しあっていました。
今で言うとマニュキアです。今では爪を飾るのはもっと進んでいますが?
その花が実をつけ熟してくると少し触っただけで 「パッ」 とはじけて中の種が飛び散るのを男の子は楽しんでいました。
また理科の実験では、ホウセンカを赤インクの入った試験管にさしておくと茎の中を赤い水が上がっていくのを観察した事など覚えています。
ホウセンカは唄にも歌われています。島倉千代子の「ほうせんか」中島みゆき他?
天草市 鶴長 研治
7月13日 放映 no.17
ハマユウ
7月6日 放映 NO.16
クチナシ
芳香花木の一つ「クチナシ」が咲いています。6月4日 放映.no15
センダン
5月20日放映 no.14
ボトルブラッシュ
5月17日 放映 no.13
キリの花
4月27日放映 No.12
白いフジの花
4月20日放映 NO.11
セイヨウタンポポ
4月13日放映 No.10
最近目にするのは「西洋タンポポ」ばかりです。
左が日本在来のタンポポで右がセイヨウタンポポ(総苞が反っている)
花の横には綿毛のタンポポがありました。
天草では一斉に田植えが始まりました
4月8日クマロクにて放映/(no.9)
そして今朝NHKラジオ「あさいちばん」でも放送されました。
深海小のサクラ
クマロクにて放映(No.8)(3月31日)
ボ ケ の 花
3月17日他の人の映像で名前が放送されました。
ジンチョウゲ
2月18日午前5時半頃、NHKのラジオ深夜便で今日の誕生日の花は「ジンチョウゲ」で,花言葉は「不滅」です。
と言っていたのを聞いて我が家のジンチョウゲの写真を送ったのです。
3月3日クマロク no.7
3年前の誕生日に買ったものです。今では1メートル位で花は50個ほどついています。
ミモザ・アカシア
浦本店のミモザ・アカシアが今年も満開です。
黄色の軟らかい小さな花が集まって、とても可愛いそして鮮やかな花です。
2月24日放映、no.6(変に写りました)
河 津 櫻
深海保育所の皆さんが花見に来ていました。
2月12日放映 no.5.
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深海ではここ2〜3日の暖かさで河津桜が満開に近く咲いています。
深海保育所の子どもさんたちは、部屋から飛び出して花見に来ていました。
4日は立春・”立春には卵が立つ”
鏡の上に立ちました
2月4日 クマロクにて放映 (no.4)
(本渡の宮崎先生から電話あり)
エンドウの花
御堂ヶ浦のビニルハウスにて
1月27日放映 no.3
養殖ワカメの浮き
青い海の中で午後の陽に映えてキラキラ輝いていました。
1月22日放映 NO.2(鶴田征治君から見ましたと電話あり)
深海港の正月風景
1月8日放映 no.1
クマロクへの投稿写真
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アロエの花
元漁協の空き地に咲いています。
12月15日放映「クマロク」 no.5
運動公園のイチョウのまっき色が綺麗でした。
冬 支 度
障子張り今はアイロン張りです。左のふすま4枚も張りかえました。これは水張りです。
12月7日放映 no.4
皇帝ダリア
かわんうえん美智さんが育てていらっしゃる「皇帝ダリア」です。
11月26日放映 no.3(写真なし)
草丈5メートルほどで皇帝らしく周りの花を睥睨しているような姿です。
亀場小学校のイチョウ
11月9日放映 no.2
校長先生からお礼のはがきが来ました。STさん、あなたと高校時代の同級生で
下宿も一緒だったという山○公○校長先生です。
しぶがき
ウオーキングの途中にある渋柿が熟れだし、
綺麗な赤色が夕日に映えていました。
クマロくに久し振りに登場10月20日・ no.1
(テレビの映像を消してしまいました。)
甘柿よりも この、渋柿をあおめる(お湯に漬けたり、焼酎を蔕「へた」に垂らしてビニル袋に入れ、口を結んで日向に出しておく)と、とっても甘くなります。
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テーマ 春 の 気 配
ミモザアカシア
綺麗な花です。深海には他にありません。2月○日に放映されたそうです。私は見ませんでした。
花木の高さは3〜4メートル。葉っぱは銀色だから(銀葉・ギンヨウ)とも言うそうです。
沈 丁 花 (ジンチョウゲ・チンチョウゲとも)
一昨年、記念に買った「沈丁花」がたくさん花をつけました。
2月のはじめに投稿していたのが3月5日に放映されました。
河 津 桜
昨日まで硬かった蕾も18.6度の三月半ばの気温で 一気に花開き満開に近い状態です。
2月12日(木)放映
オオイヌノフグリ
小梅の下には、緑のじゅうたんの中に空の蒼さを映したような
小さなちっちゃな可憐な青い花が咲いています。
オオイヌノフグリです。別名「春告げ草」とも・・・・。
2月12日(木)放映
メジロ
ミカンをパッと 二つに割ると 中から 綺麗な「目次郎」が 出てきました。
クマロク平成20年の作品
08年は1月5日の「新年の深海の港」の風景から
12月22日の「アロエの花」まで
合計17回採用されクマロクで放映されました。
平成20年にクマロクで放映された作品
(放送映像が無いのもあります)
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1月5日
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2月5日 2月8日
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3月6日
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3月24日
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3月11日
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5月8日 5月25日
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6月11日
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6月18日
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7月9日
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9月9日
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10月9日
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11月7日
11月17日
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12月22日(アロエは2月と今回と2回放映されました)
亀川ダムの紅葉
Dさんから「深海川」についての書き込みがありましたので、
早速現場に行って写真を撮ってきました。
ついでに支所に立ち寄り支所長さんにもいろいろ聞いてきました。
問題の川と橋
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橋の袂にある支柱に書かれた「深海川」 と 橋の名前「新深海橋」(古い橋が存在していた)
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ここに書かれている文字は故橋口和郎さんの手になるものです。
2つの川の合流地点
左が多々良から流れてきている川(多々良川/1,100m)
右の暗渠になっている川が東から流れてきている川(梅の木川/1,250m)、
川の正式な名前は深海支所長さんにお伺いしました。
しかし、こんな標柱が?
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深海川 反対側には・・・・昭和41年8月10日・・とある
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砂防地区に指定された時のもののようです
川は静かに流れていました。(うまい具合に潮が引いていましたので撮影できました)H・18・12・1
深海川?2つの川が合流したところから下流を深海川と言うのではないでしょうか?
昔は,海で川はありませんでしたから。(深海魚のつぶやき)
Dさん・・・と言うことです。
深海支所長さんから頂いた深海を流れている河川の名前と長さです。
(深海関係の河川で距離は目安です)
@ 路木川(870m) A 水道川(4500m) B 平床川(3000m) C 黒崎川(1500m)D 屯後川(500m) E 出月川(1000m) F 丸田川(350m) G 前田川(3000m)
H 桜迫川(1410m) I 桜迫川支流(800m) J 下平川(2000m) K 第二下平川(1000m)
L 五反田川(1000m) M 柳田川(200m) N梅ノ木川(1250m) O中の迫川(1000m)
P 藤原川(500m) Q 浦河内川(3000m) R 大藪川(1000m) S 橘川(1500m)
21 立花河内川(800m) 22 足狩川(1000m) 23 女渕川(1000m) 24 女渕川支流(300m)
25 古道川(750m) 26 向橘川(500m) 27 向曲松川(850m) 28 若一川(850m)
29 大松川(300m) 30 板の浦川(500m) 31 第二板の浦川(500m) 32 家下り川(400m)
33 小浦川(1000m) 34 浅海川(500m) 35 畑田川(300m) 36 宇土川(700m)
37 大山川(1500m) 38 大久保川(500m) 39 渕上川(650m) 40 部田川(650m)
41 名切川(1500m) 42 多々良川(1,100m)(抜けていました)
支所長さんから頂いてきました。
こんなにも沢山の河川が深海地区を流れているとは、
大体地名と比べるとどこら辺を流れている河川か判ります。
しかし、全く判らない河川もありましたが、この地図でよく判りました。
確かに「深海川」と言うのはありません。
夕方深海橋の設計者宮本技師(現在土木課長)が来所されたのでなぜ深海橋と付けたのか聞いたら
あまり昔のことで解らないとのことでした。
おそらく皆様の考えと一緒でそこは海で深海橋と深海川と適当に付けたのではないかと言うことでした。
なお、橋は河川名まで付けて掲示するのが普通だそうです。(再度支所長さんより)12・4
(屯後=とんご)こんなに書くんですね。「とんごんさこ」と言う言葉は聞いてはいましたが。
浅海小と合併し現在地での最後となる深海小学校の運動会が、
好天に恵まれた9月24日町民の見守る中賑やかに行われました。
恒例の大漁旗が飾られ子どもたちの活躍の場も設定された
8時半開始の爆竹と共に入場する総勢92名の子どもたち
勢ぞろいした子どもたち
家の母が庭のウメの花が咲いているのを見て
「昔、昔習ったという、梅干の歌」を聞かせてくれました。
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梅 干 の 歌
二月三月花盛り ウグイス鳴いた春の日の
楽しい時も夢のうち
四月五月(五月六月)実がなれば 枝からふるい落とされ
近所の町に持ち出され 何升何合量り売り
もとよりすっパイこの体(私)
塩に漬かってからくなり シソに染まって赤くなり
七月八月暑いころ 三日三晩の土用干し
思えば辛いことばかり それでも世のため人のため
しわは寄っても若い気で 小さい君等の仲間入り
運動会にもついて行く ましていくさのその時に
なくてはならないこのわたし
(白い字のところは抜けていたり違っていた箇所)
この歌は明治43年〜大正6年まで小学国語教科書に掲載されたものです。
(母は、明治43年生まれの95歳です)
五月六月のところの「何弁」=「何升」です。
最後の方の「梅のがふくらんで」は「梅の蕾がふくらんで」です。
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祐さんのお父さん作詞の「ふかみ音頭」です。
井水・脇崎・須崎・池林・山崎・尾上(有)・尾上(美)・静代・小夜子・光美・チエ子・大塚
君子 ・ふくみ・正美・次子
岩下・新田・小原・沖崎・鶴長 研治・滋子・栄子・八千代・アケミ平成22年1月27日・後列右端の大塚昇君の葬儀が行われ
沖崎君はじめ熊本から後藤君など7〜8名と共に参列。
平成17年7月17日(日)深海町「白浜荘」にて還暦同窓会と銘打って卒業以来初めての同窓会を開催、
出席者26名(写真+浦木君・後藤君)プラス担任鶴長の27名が参集しました。
以下、会場スナップ。何しろ45年振りに会う者がほとんどしかしそこは同級生・・・・・
話しに夢中の尾上美武君(下平)と須崎勉君(船津) 村崎(中川)光美さんと後藤紘昭君と山下(大田)次子さん
大塚昇君と浦上(大野 )ふくみさん 南田(浦木)栄子さんと浦崎(川田)アケミさん
千葉から駆けつけた井水寛君と須崎君 岩下一美君(浦河内)と小原龍義君(浅海)
岩本(沖崎)君子さんと山崎(里見)静代さん 中村(荒平)滋子さんと土手(正木)八千代さん
沖崎澄雄君(進行係)と井水君山崎(里見)静代さんと朝見(的場)小夜子さんと濱崎(小牧)正美さん
脇崎賢治君と話す山崎(里見)静代さん カラオケに興じる山崎文弘君(下平)
浅海の新田徹君と同じ浅海の池林幸一君 八千代さん・川田(石原)チエ子さん・南田(浦木)栄子さん・浦崎(川田)アケミさん
カラオケでのど自慢の山崎正弘君。私も勧められて歌わされた。 小夜子さんと正美さん
牛深市では会の最後を締め括るのは「ハイヤ踊り」である。
その後深海中校歌斉唱、そしてみんなで肩を組んで文部省唱歌「ふるさと」を歌って2次会へ繰り出しました。
二次会は近くの浦木勝洋君の家でした
チエ子さん・沖崎君そして井水君の弟井水君と話す家主の浦木勝洋君(本渡でお寿司屋さんを経営している)
アケミさんと正美さんと静代さん 新田君・チエ子さん・沖崎君、向こうに山崎君
ふくみさん(中学の体育の先生をしていた・牛中にも)今は保育園の園長 下平の尾上君と浅海の池林君
次子さんと賢君の話を聞く井水君 昭和32年度 深海小学校職員一同
深海小学校 昭和32年度 卒業写真
かくして、還暦同窓会は終了・
この会を「三五(みごと)会」と名付け
次回は平成19年に開催することと次の通り役員を決定しました。
「 三 五 会 役 員 」
会 長 沖崎 澄雄
副会長 大塚 昇(故人) ・ 新田 徹 ・ 石原チエ子 ・ 大田 次子 ・ 小牧 正美
今回ご参加できなかった皆さん、次回、平成19年の同窓会へ今から心と体の準備をしておいてください。
と言いながら、小生自身が病気になり参加できなかった。(雨のため在郷の者だけで実施)
開 式 の 辞
「ただ今から、牛深市主催による、58年の歴史と3575人の卒業生を輩出した、
牛深市立深海中学校の閉校式を開式いたします。」