深海のアルバム目次 深海の空模様(休止中) 22年クマロク 21年クマロク 鶴の北帰行 20年クマロク 深海の祭り 深海音頭 昭和35年中学卒業生同窓会 深海中閉校式
平成24年
ど ん ど や
深海子ども会主催による*1月15日(日)
開会の挨拶
学校長挨拶
点火準備
点火
餅焼き
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今年はお母さん方によるぜんざいの奉仕がありました。
とってもおいしかったです。
1月2日の朝日
深海港の正月風景
平成23年 の クマロク
今度は「キウイ」の双子
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12月21日 19日の山の神祭りに続いて・・NO.26〜27
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11月30日は、陰暦11月最初の丑の日で「山の神祭り」でした。
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この前見つけた「ミカン」の正体は、「キメラ」?
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先日発見した「珍しいミカン」の熊日で報道がありました。(12月18日)
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熊日新聞社からの取材
川端さん、ミカンを手に持って 「ハイ〜ポーズ!」
クマロクへの投稿写真
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正 月 支 度
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お宮の屋根も化粧直しして正月気分です。
海の日の出
海の学校の運動会
コメント
今日は、わが町の小学校の運動会です。
日本晴れの良い天気に恵まれて大漁旗も朝風にはためいています。
ここ10年以上、万国旗にかわって、わが町では「大漁旗」が飾られています。
この旗は、新しい船の進水式の時に、親戚・兄弟・子どもたちからお祝いに贈られたものです。
今では、お正月に飾るくらいですので一部を学校へ寄付されたのです。
みんなで、80枚くらいあります。
9月19日 (準備体操まで)
万国旗に替えて「大漁旗」で飾られた会場を行進する児童たち。(19日)
9月21日 放映 NO21
深海小最期の運動会
健 康
ボトルブラッシュ
左が日本在来のタンポポで右がセイヨウタンポポ(総苞が反っている)
天草では一斉に田植えが始まりました
深海小のサクラ
養殖ワカメの浮き
青い海の中で午後の陽に映えてキラキラ輝いていました。
1月8日放映 no.1
クマロクへの投稿写真
アロエの花
元漁協の空き地に咲いています。
12月15日放映「クマロク」 no.5
運動公園のイチョウのまっき色が綺麗でした。
冬 支 度
亀場小学校のイチョウ
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しぶがき
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クマロク平成20年の作品
平成20年にクマロクで放映された作品
(放送映像が無いのもあります)
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1月5日
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2月5日 2月8日
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3月6日
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3月24日
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3月11日
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5月8日 5月25日
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6月11日
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6月18日
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7月9日
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9月9日
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10月9日
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11月7日
11月17日
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12月22日(アロエは2月と今回と2回放映されました)
亀川ダムの紅葉
Dさんから「深海川」についての書き込みがありましたので、
早速現場に行って写真を撮ってきました。
ついでに支所に立ち寄り支所長さんにもいろいろ聞いてきました。
問題の川と橋
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橋の袂にある支柱に書かれた「深海川」 と 橋の名前「新深海橋」(古い橋が存在していた)
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ここに書かれている文字は故橋口和郎さんの手になるものです。
2つの川の合流地点
左が多々良から流れてきている川(多々良川/1,100m)
右の暗渠になっている川が東から流れてきている川(梅の木川/1,250m)、
川の正式な名前は深海支所長さんにお伺いしました。
しかし、こんな標柱が?
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深海川 反対側には・・・・昭和41年8月10日・・とある
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砂防地区に指定された時のもののようです
川は静かに流れていました。(うまい具合に潮が引いていましたので撮影できました)H・18・12・1
深海川?2つの川が合流したところから下流を深海川と言うのではないでしょうか?
昔は,海で川はありませんでしたから。(深海魚のつぶやき)
Dさん・・・と言うことです。
深海支所長さんから頂いた深海を流れている河川の名前と長さです。
(深海関係の河川で距離は目安です)
@ 路木川(870m) A 水道川(4500m) B 平床川(3000m) C 黒崎川(1500m)D 屯後川(500m) E 出月川(1000m) F 丸田川(350m) G 前田川(3000m)
H 桜迫川(1410m) I 桜迫川支流(800m) J 下平川(2000m) K 第二下平川(1000m)
L 五反田川(1000m) M 柳田川(200m) N梅ノ木川(1250m) O中の迫川(1000m)
P 藤原川(500m) Q 浦河内川(3000m) R 大藪川(1000m) S 橘川(1500m)
21 立花河内川(800m) 22 足狩川(1000m) 23 女渕川(1000m) 24 女渕川支流(300m)
25 古道川(750m) 26 向橘川(500m) 27 向曲松川(850m) 28 若一川(850m)
29 大松川(300m) 30 板の浦川(500m) 31 第二板の浦川(500m) 32 家下り川(400m)
33 小浦川(1000m) 34 浅海川(500m) 35 畑田川(300m) 36 宇土川(700m)
37 大山川(1500m) 38 大久保川(500m) 39 渕上川(650m) 40 部田川(650m)
41 名切川(1500m) 42 多々良川(1,100m)(抜けていました)
支所長さんから頂いてきました。
こんなにも沢山の河川が深海地区を流れているとは、
大体地名と比べるとどこら辺を流れている河川か判ります。
しかし、全く判らない河川もありましたが、この地図でよく判りました。
確かに「深海川」と言うのはありません。
夕方深海橋の設計者宮本技師(現在土木課長)が来所されたのでなぜ深海橋と付けたのか聞いたら
あまり昔のことで解らないとのことでした。
おそらく皆様の考えと一緒でそこは海で深海橋と深海川と適当に付けたのではないかと言うことでした。
なお、橋は河川名まで付けて掲示するのが普通だそうです。(再度支所長さんより)12・4
(屯後=とんご)こんなに書くんですね。「とんごんさこ」と言う言葉は聞いてはいましたが。
浅海小と合併し現在地での最後となる深海小学校の運動会が、
好天に恵まれた9月24日町民の見守る中賑やかに行われました。
恒例の大漁旗が飾られ子どもたちの活躍の場も設定された
8時半開始の爆竹と共に入場する総勢92名の子どもたち
勢ぞろいした子どもたち
家の母が庭のウメの花が咲いているのを見て
「昔、昔習ったという、梅干の歌」を聞かせてくれました。
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梅 干 の 歌
二月三月花盛り ウグイス鳴いた春の日の
楽しい時も夢のうち
四月五月(五月六月)実がなれば 枝からふるい落とされ
近所の町に持ち出され 何升何合量り売り
もとよりすっパイこの体(私)
塩に漬かってからくなり シソに染まって赤くなり
七月八月暑いころ 三日三晩の土用干し
思えば辛いことばかり それでも世のため人のため
しわは寄っても若い気で 小さい君等の仲間入り
運動会にもついて行く ましていくさのその時に
なくてはならないこのわたし
(白い字のところは抜けていたり違っていた箇所)
この歌は明治43年〜大正6年まで小学国語教科書に掲載されたものです。
(母は、明治43年生まれの95歳です)
五月六月のところの「何弁」=「何升」です。
最後の方の「梅のがふくらんで」は「梅の蕾がふくらんで」です。
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祐さんのお父さん作詞の「ふかみ音頭」です。
井水・脇崎・須崎・池林・山崎・尾上(有)・尾上(美)・静代・小夜子・光美・チエ子・大塚
君子 ・ふくみ・正美・次子
岩下・新田・小原・沖崎・鶴長 研治・滋子・栄子・八千代・アケミ平成22年1月27日・後列右端の大塚昇君の葬儀が行われ
沖崎君はじめ熊本から後藤君など7〜8名と共に参列。
その後、正美さんが平成23年9月3日死亡・お通夜には沢山の同級生・
4日の葬儀には熊本から後藤君も参列し速かったご逝去を悼みました。
平成17年7月17日(日)深海町「白浜荘」にて還暦同窓会と銘打って卒業以来初めての同窓会を開催、
出席者26名(写真+浦木君・後藤君)プラス担任鶴長の27名が参集しました。
以下、会場スナップ。何しろ45年振りに会う者がほとんどしかしそこは同級生・・・・・
話しに夢中の尾上美武君(下平)と須崎勉君(船津) 村崎(中川)光美さんと後藤紘昭君と山下(大田)次子さん
大塚昇君と浦上(大野 )ふくみさん 南田(浦木)栄子さんと浦崎(川田)アケミさん
千葉から駆けつけた井水寛君と須崎君 岩下一美君(浦河内)と小原龍義君(浅海)
岩本(沖崎)君子さんと山崎(里見)静代さん 中村(荒平)滋子さんと土手(正木)八千代さん
沖崎澄雄君(進行係)と井水君山崎(里見)静代さんと朝見(的場)小夜子さんと濱崎(小牧)正美さん
脇崎賢治君と話す山崎(里見)静代さん カラオケに興じる山崎文弘君(下平)
浅海の新田徹君と同じ浅海の池林幸一君 八千代さん・川田(石原)チエ子さん・南田(浦木)栄子さん・浦崎(川田)アケミさん
カラオケでのど自慢の山崎正弘君。私も勧められて歌わされた。 小夜子さんと正美さん
牛深市では会の最後を締め括るのは「ハイヤ踊り」である。
その後深海中校歌斉唱、そしてみんなで肩を組んで文部省唱歌「ふるさと」を歌って2次会へ繰り出しました。
二次会は近くの浦木勝洋君の家でした
チエ子さん・沖崎君そして井水君の弟井水君と話す家主の浦木勝洋君(本渡でお寿司屋さんを経営している)
アケミさんと正美さんと静代さん 新田君・チエ子さん・沖崎君、向こうに山崎君
ふくみさん(中学の体育の先生をしていた・牛中にも)今は保育園の園長 下平の尾上君と浅海の池林君
次子さんと賢君の話を聞く井水君 昭和32年度 深海小学校職員一同
深海小学校 昭和32年度 卒業写真
かくして、還暦同窓会は終了・
この会を「三五(みごと)会」と名付け
次回は平成19年に開催することと次の通り役員を決定しました。
「 三 五 会 役 員 」
会 長 沖崎 澄雄
副会長 大塚 昇(故人) ・ 新田 徹 ・ 石原チエ子 ・ 大田 次子 ・ 小牧 正美(H.23.9.3.没)
今回ご参加できなかった皆さん、次回、平成19年の同窓会へ今から心と体の準備をしておいてください。
と言いながら、小生自身が病気になり参加できなかった。(雨のため在郷の者だけで実施)
開 式 の 辞
「ただ今から、牛深市主催による、58年の歴史と3575人の卒業生を輩出した、
牛深市立深海中学校の閉校式を開式いたします。」